ヨガ インストラクターのブログ

楽に立てば、楽に踊れる。ついでに何でもできる。vol.1

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ひさしぶりのマリア姉さんのブログからのお花です。クリックすると原寸で楽しめますよ。

さて、この10年。ヨーガでいうところの立つ。バレエの立つ。フラメンコの立つ。この3つの『立つ』の違いにずっと頭を悩ませていた。

私がきちっとアカデミックなバレエ教育を受けた方にバレエを習ったのは、思い切り40手前の頃だった。
新国利劇場現在もソリストを務められる西川貴子先生が、当時私が通っていたフラメンコ教室でクラスを持ってくださっていたのだ。
とにかく美しい方で、そのたたずまいとしぐさは、同じ人間とはとても思えない。
おかげで生徒はこれっぽちもパを憶えず、先生がセンターで軽くアンシェヌマンの順番を踊って説明するだけで、拍手喝采の嵐。
(そして私は自分の娘が通っている教室が、きちんとした技術のバレエを教えていないことを先生の教えから察知し、即教室をかえた。今でも大感謝である)
自分もその後5年ほどは先生に習い、
あとは子供のクラスを見学する母親としてじっと言葉に耳を傾けていた。

バレエの『立つ』は、ありえないほどのみぞおちの筋肉のひきあげを要求する。
それ以外のカラダの使いかたは、ヨーガと多くの共通点を持っていた。
フラメンコの『立つ』は、超微妙。
サパテアードといって、床を打つテクニックが踊りの大きな特徴なので、
膝を緩めるようにとの指導もあれば、そうでない指導もあり、
みぞおちのひきあげを厳しく言う人もいれば、まったく口にしない人もいた。
民族舞踊ならではの、アバウトさ?だったのか。

私は幾度となく、我がヨーガの師匠に尋ねた。
『ヨーガはどのくらい(みぞおち)を引き上げるのですか?』
『楽に息ができるようにだよ』

この答えでは私は納得できなかった。
踊りでいじめ、仕事でいじめ抜いた私のからだは、
楽に息ができるとはどういうことかを、理解できなかったからである。

(つづく)